縦横無尽&奇想天外!『「ネオ漂泊民」の戦後』によせて

天高く馬肥ゆる秋……といきたいところですが、まだまだ台風シーズンのど真ん中、気の抜けない季節です。ただ、窓を開ければ涼しい夜風が吹き込んできて、読書にはうってつけの日々がやってきました。今日はそんな読書の秋におすすめの1冊、10月末発売の新刊『「ネオ漂泊民」の戦後 アイドル受容と日本人』のお話をしたいと思います。

本書は音楽ライター中尾賢司さんの初の単行本。中尾さんは『ミュージック・マガジン』や『クイックジャパン』で活躍される気鋭のライターで、特にコード進行分析による楽曲・ミュージシャン解説では唯一無二ともいえる存在の方です。
中尾さんがそれら媒体で扱っているのは小沢健二などロック的・アート的な対象が多いのですが、今回の本は、アイドルを考えることからスタートします。AKB48ももクロを筆頭にアイドルブームは若者文化として定着し、それを社会現象としてとらえたアイドル論も数多く出版される昨今ですが、本書におけるアイドルブームからの発想の広げ方は完全に今まで誰も書かなかった領域にあり、『「ネオ漂泊民」の戦後』は、単なるアイドル論を超えた日本人論にまで到達しています。
中尾さんご自身は“アイドルヲタ”ではまったくなく、なぜ同年代の男性がアイドルに夢中になるのかさっぱりわからないという方。それがゆえに、思考は同時代よりもむしろ歴史におよび、日本でアイドルおよびアイドル的なものはどのように受け入れられてきたのか、そもそもアイドルとは何なのか……と次々に問いが繰り返されます。
なお、本書においてアイドルは思考の取っ掛かりでしかなく、後半の主たるモチーフである永田洋子(あの!)についてもそれは同様です。他にも、江藤淳見田宗介田中康夫「なんクリ」、おニャン子岡田有希子渡辺美里My Revolution」、AKB48「RIVER」……といった具合に本書には様々なフックが登場するのですが、それらも中尾さんの前では俎上の具材にすぎず、そこから思いもしない手さばきで料理が始まるのです。

『「ネオ漂泊民」の戦後』の内容を紹介するのは、(担当編集者として本当に情けないことなのですが)これは不可能なことだと思います。とにかく自由奔放で縦横無尽、奇想天外な思考の連続であり、結論めいたものがあるのかといえばそうではありません。前述したキーワードはどれも“引き”の強力なものばかりですが、だからといってこのどれかをピックアップして論ずるのは本書の魅力を伝えるのに「帯に短し襷に長し」となりそうで、たとえば「アイドル」という言葉一つ取り上げるのも、理解と同じくらい誤解ももたらすだろうと躊躇ってしまうほどなのです。
ただひとついえるのは、この本を読む前と読んだ後、読者は確実にこれまでの風景が違って見えるようになるということです。
そのようなことが可能なのは、『「ネオ漂泊民」の戦後』がとりとめのない思考のメモワールなどでは決してなく、確かなバックグラウンドと視座を構えた著者による本格的な知的格闘の轍であり、今私たちがいる場所の由来とパースペクティブを明らかにせんとした、高邁な精神のもとに刻まれたテキストであるからです。

「良書」とは、本を生業とする人間が口にする際は相当な自戒を要する言葉ですが、もし「読んだことを誰かに語りたくなる本」を良書の条件としてもよいなら、『「ネオ漂泊民」の戦後』は確実に良書といえるでしょう。「とにかく読んでみてよ!」と誰彼かまわず言ってまわりたい、読んだ人と思いっきり議論がしたい、もどかしいまでのそういった衝動に駆られた人間がすでに私を含む数人存在していますが、この輪がもうすぐ広がっていくことを想像するだけで、高揚感を抑えることができません。
『「ネオ漂泊民」の戦後』は中尾さんにとって初めての単行本であり、現時点では失礼ながらほぼ無名の著者による本ですが、この前代未聞の日本人論がもたらすインパクトは計り知れないものがあると本気で思っています。このような出版ができるのが弊社のような小出版社の醍醐味であり特権ですらあると思うのですが、とにかく一人でも多くの方、とくにへヴィな読書好きの方にこそ届いてほしいと心から願います。
絶対に面白いことを保証しますので、「とにかく読んでみてよ!」
(佐藤)