花伝社の「守護神」

読者が書店で1冊の本を選ぶとき、重要なのはテーマであり、著者であり、あるいは装幀であったり……と、いろいろあるだろうが、それを出している版元がどこか、というのはさほど重要ではないと思う(もちろん、この版元が好き!新刊はチェックしている!というのもあるだろうが)。
 ましてや、その出版社の事務所が移転した、ということは読者にはほとんど関係ない話だが、当ブログのタイトルは「花伝社の窓から 事務所だより」。ということなのでやはり事務所引っ越しの話から。

 前の事務所は、小さな部屋がいくつもある古いビルにあったが、吹き抜けの階段がとても趣のある味わい深い建物だ。花伝社はそのビルの1階から3階に合計5つの部屋を借りていた。お隣やご近所さんにもとてもよくしていただいていたので、移転の話が出たときは、やはりさびしく感じた。
 スタッフ6人に、部屋が5つというと小出版社にしてはやや多いと思われるかもしれないが、日々、本もどんどん増えてくる。代表・平田は、日頃から「空き部屋が出たら借りたい」と言っていたので、このままいくとさらに部屋は増えていきそうな勢いだった。
 ちなみに私は通称「2階の小部屋」と呼ばれていた部屋で1人で仕事をしていたので、他のメンバーとは内線で用をすますことも多かった。新刊が出来てきたのも気づかず、「あれ、もう出来たんだ!」ということもある。また、窓の隣がすぐ隣のビルだったので、昼間でも部屋は真っ暗だった。
 新しい事務所は、壁2面がすべて窓なのでとにかく明るく、風通しも良い。ずっとひとりで壁に向かって仕事をしていたので、メンバーと顔を合わせ、机を並べているのも新鮮、まるで新しい会社に就職したような感じだ。というわけで、新しい事務所で花伝社は初めて、ワンフロアにスタッフ一同揃ったわけである。

 昨年の創業25周年を期に、ホームページをリニューアル、ロゴマークをつくった。スタッフの皆で、「種まく人」みたいなシンボルマークもあるといいね、ということになって、はて花伝社のモットー「自由な発想で同時代をとらえる」にふさわしいシンボルとは何だろう、と話し合った。HPや広告でお気づきの方もいるだろう、「ヤヌス」が入っている。どういう経緯でヤヌス神に決まったかあまり記憶がないのだが、確か「仮にこれでいこうか、」というのがいつの間にか定着していたように思う。あまり小さなことにこだわらないのが花伝社だ。
 いま手元の広辞苑で「ヤヌス」を調べてみると──「古代ローマの神。最初は戸口の守神で、すべての行動の初めをつかさどる。前うしろ二つの顔を持った姿で表される。ジェーナス」とある。双面神ということで善と悪の双方ということかと思っていたら、「物事の始まりの神、過去と未来の間に立つ」ということらしい。同時代は、現代だけでなく、過去を見据え、未来への眼差しを忘れないということでもあろうか。

 「3.11」から約3ヶ月が経った。「第二の戦後」とも言われて、価値観を転換、あるいは新しい思想を生み出さねばならないときだろう。花伝社でも、これからどういう出版活動をしていくか、ということを全員で話し合った。とにかく小さな出版社でも、あるいは小さいからこそ、広告にも依存せず、独立メディアとして存在できる、その意義を確認した。これまで気がつかなかったり、見過ごしていたテーマが顕われてきた。言論が試される時であろう。新しい事務所で心新たにスタートを切る、6月だった。(近藤)