本当に始まった変化の時代にあたって

少し遅くなりましたが、みなさま、明けましておめでとうございます。今年も花伝社を何とぞよろしくお願い申し上げます。

昨年2011年はこの国にとって良くも悪くも歴史に残る一年となりました。東日本大地震と東北地方への甚大な被害、そして福島原発事故による放射能汚染は、戦後日本が経験してきた困難の中でも最も厳しいものでした。この事態を通じて物理的に多くの財産が破壊されましたが、目に見えない「価値」もまたその威信を失ったように思います。バブル崩壊以降、終わったと言われながらもなおしぶとく日本社会を動かしてきた成長神話を基盤とする「戦後的価値観」の多くが、本当に終わってしまったわけです。この局面にあたり、わが国最大の企業は、さすがに優れた時代感覚を持っているようで“Re BORN”というコピーを使ったCMを始めました。言われてみれば3.11以降を生きる日本人にとって、「生まれ変わる」「再生する」という指針ほどぴったりくるものはないし、そうせざるを得ない状況とともに始まったのが2012年ということなのでしょう。

本当に訪れた変化の時代を生きるうえで、私は自分でも実際に世の中のあれこれを見聞きしてきたこの20年を振り返り、これだけは心に留めておこうと思うことがあります。それは、極端な変化を強要してくるものには気をつけろ、という戒めです。「あなたが今持っているモノはすでに古い」「あなたの拠って立つその考えはもう通用しない」「これからは○○の時代だ」……思えばこの20年間、私たちはこういった言葉に突き動かされ、踊らされてきました。右肩上がりの時代であれば前向きな希望の響きをもつであろうこれらの言葉が、この20年間は相手を組み伏せたり危機感を煽るものとして流通してきたように思います。私が問題に思うのは、これらの言葉の内容ではなく、相手の思考停止を促すようなこの響きの邪悪さなのです。否定とか脅しの文脈で発せられた言葉に駆動されて始まった何かが、果たして私たちに幸せをもたらしたか? この20年間のわが国の迷走を考えるにつけ、私はノーと答えざるを得ません。(個人的に、「待ったなし」「生き残りを賭けた○○」「乗り遅れるな」の3つの言葉には特に警戒していて、これらを言いたてる人は信用しないようにしています。)

自分自身の社会人経験やその他の記憶を振り返ってみるに、物事が変わるとき、それは些細なことの積み重ねの結果でしかないことに気付きます。もちろん目標を持つことは大切だし必要ですが、ステップ・バイ・ステップで少しずつ何かが変わっていき、3年とか5年後に振り返ってみたとき、気がつけば今までとは違う景色の場所にいた――そういったプロセスを経た変化こそが、組織にとっても自分にとっても「良かった」と思えるものではなかったか。そして変化の中身とは、新しいことや今までになかったものだけでなく、いったん捨ててはみたけどまだ使えるものの再生だったり、既存のものの手直しだったりを組み合わせたものではなかったかと思います。私たちの社会は大きく変容し、出版業界という小さな村も疲弊をきわめています。しかしわれわれには、まだまだ使える手持ちの駒が実はたくさんあるのです。

大風呂敷を広げるようですが、私は、出版活動の究極の目的は、成熟した市民の形成に資することだと思っています。そしてそれは、特定の著者やどこかの出版社の仕事によって達成されるのではなく、出版に関わる人すべてが、少しずつ自分の仕事を持ち寄ることで成し遂げることができるのだと思います。変化の時代にあたり、この大きな目的を常に念頭に置きながら、日々の仕事においてはステップ・バイ・ステップで小さな積み重ねを続けていき、今年の末には「おお、これくらい変われたか」と楽しく振り返ることができればと思います。

「自由な発想で同時代をとらえる」という弊社のモットーは、今年ますますその真価を問われることになりそうです。改めて、2012年も花伝社を何とぞよろしくお願いいたします。
(佐藤)