【既刊紹介】 石川結貴『子どもとスマホ おとなの知らない子どもの現実』

こんにちは、営業部の白井です。
今回はジャーナリスト・石川結貴先生による『子どもとスマホ』を紹介します。
本書は、おとなと子どもというそれぞれの立場からスマホやネットの問題について解説し、スマホに関する様々なトラブルを防ぐための実践方法を提案する一冊です。


子どもとスマホ  おとなの知らない子どもの現実

子どもとスマホ おとなの知らない子どもの現実


本書の特徴は、親御さんが「子どもとスマホ」を理解するために、とても初歩的な用語から解説していき、その際のことばや表現も「分かりやすさ」に重きを置いていることです。例を挙げると、石川先生は、「スマホ」を「バイキング」に、そしてその中に入っている「アプリ」は「各種の料理」にたとえます。あるいは、ネットへのアクセスの仕方について、通信会社の回線とWi-Fiの違いを、「エアコンの冷暖と暖房」というように表現されています。本書ではこのように平易な比喩でスマホの仕組みを解説しているため、「スマホのことはよく知らない」という親御さんに寄り添ったものになっています。

また内容そのものも、スマホの利用方法やそこで起きたトラブルなどについて、石川先生が取材した豊富な実例は「子どもとスマホ」を理解するうえで非常に役に立ちます。たとえば本書では、スマホからインターネットにアクセスして、「お小遣いサイト」でポイントをかせぎ、そのポイントをギフトカードに換金して、アマゾン(コンビニ受け取り)やiTunesなどでそれを遣う、この「親バレしない方法」の一連の流れや、昨今の社会問題となっている「JKビジネス」がスマホを介してどのように行なわれているのかといったことなどが解説されています。これをはじめとしてスマホの利用方法は多岐に渡りますが、お子様がスマホを使ってどのような世界を見て、そしてどのような人間関係の中にいるのかよく分からない親御さんは、まず自分から進んでスマホを知ろうとするべきだと石川先生は言います。
例に挙げた「お小遣いサイト」や「JKビジネス」は、個人情報の漏洩から暴行被害まで、子どもをあらゆるトラブルに巻き込みます。そこで石川先生は、スマホを購入する際に、親子で話し合っておくべきこと、スマホを使うときのルールとその決め方、ネットアクセスのペアレントコントロールなどについて提案・紹介をしています。

お子様の進学や進級を機に、スマホの購入を考える親御さん、あるいはそれを要望するお子様は多いかと思います。本書は、スマホという今後の社会生活に欠かせないツールとどのように上手く付き合っていくかを教えてくれる一冊であり、そして石川先生が言うように、お子さんの「責任感」と「自立心」を養っていくためにも有用な参考書となるはずです。


【新刊紹介】矢吹晋『中国の夢――電脳社会主義の可能性』


 また更新が空いてしまいましたが、新刊のご案内です。

矢吹晋『中国の夢――電脳社会主義の可能性』

中国の夢――電脳社会主義の可能性

中国の夢――電脳社会主義の可能性

 矢吹晋横浜市立大学名誉教授の、弊社での刊行書籍もこれで10冊目となりました。


 さて、去年の6月に刊行した前作、習近平の夢――台頭する中国と米中露三角関係』が、第5回「岡倉天心記念賞」最優秀賞を受賞し、年末に福田康夫元総理もお迎えして、(かつては孫文も常連だった)日比谷・松本楼にて華々しく授賞式が開かれました。

習近平の夢――台頭する中国と米中露三角関係

習近平の夢――台頭する中国と米中露三角関係


 この本は『炎と怒り』もびっくりな、トランプ大統領の売春婦スキャンダルや、ロシアの選挙介入などについて、ものすごい情報量を詰め込んだもので、国際善隣協会さんでは毎月、この本を用いた勉強会「善隣中国塾」が開かれています。
 授賞式の後に、先生と、弊社代表の平田、そして私とが、有楽町のガード下の居酒屋でささやかな二次会を開いていた際に、矢吹先生がスマホ(いつも最新のiPhoneiPad、AppleWatchを持っていらっしゃいます)を取り出して、「いま中国では、こうした居酒屋でもその場でQRコードで『ピッ』と決済をするんだよ」と教えてくださいました。
(私は小学校で習った「中国は、天安門広場の前の大量の自転車」というイメージがどこか頭にのこってしまい、今や日本よりも物価が高い地域もある中国の「現在」について、疎い部分があるので、これもびっくりしてしまいました。去年(航空券を買い間違えて)二度も香港へ行き、現地の「Suica」のようなカード(オクトパスカード)を「便利だなあ」と使っていたのですが、矢吹先生に言わせると、「中国本土では『香港人は現金を使う』というジョークがあるぐらい、スマホ決済が普及している」そうです。)

 QRコードの話から、「いま中国では、『電脳社会主義』が進行している」とつながり、そうして構想がまとまったのが、今回の新刊『中国の夢』です。
(前置きが長くなりました。)

 「『中国の夢』とは、IT 革命からET 革命(Embedded Technology Revolution)への転換を全世界に先駆けて疾走することによって実現されるであろう。(…)この技術は地球環境の「制約条件下での持続的発展」を可能にし、現代人の生活需要を満たしうる点で実現可能性をもつ。現代社会主義は21 世紀初頭の今日、人類史上初めて、それを実現する生産力の基盤を備えたことになる。
 ビッグデータの活用によって中国経済はいま新たな発展を模索しているが、この「中国モデル」(Digital China =数字中国)は、特殊中国的なものではなく、普遍性をもつ。それは、ジョージ・オーウェルの危惧した「ビッグブラザーの独裁」に陥る危険性、すなわち「デジタル・リヴァイアサンという怪物」に食い殺される危険性を伴うが、他方、その担い手に公正と正義(Fairness and Justice)あるいは国際正義(International Justice)の精神を伴うならば、人工知能(AI)の力を借りて怪物を飼い馴らし、人々の生活に奉仕させる、新しい『もう一つの可能性』も秘めている。」(本文より)


 矢吹先生は学生時代、60年安保で亡くなった樺美智子さんと仲が良かったそうです。彼女との論争もあった中で、当時、先生の疑問であったのは、社会主義国で必然的に芽生えてしまう官僚制をどう克服できるのかということだったように聞いています。
 「学寮の一室『中国研究会』時代から『コンピュータなくして社会主義なし』と口角泡を飛ばしてきた(「あとがき」より)」そうですが、例えば、習近平が「虎もハエも」と、血眼になって追放した汚職も、ビッグデータが集まればAIによって自動的に徴税ができるなど、システム改革によって一掃できる可能性があるのです。これも、矢吹先生が今回書かれた「電脳社会主義の可能性」の一例です。
 「中国の夢」という言葉自体は、2012年に習近平が発表した、「中華民族の偉大なる復興」を掲げる統治理念ではありますが、本書ではもっと大きく、中国においてET[組込み総合技術]革命が進むことにより、社会主義の限界を突破できるのではないかという矢吹先生自体の夢が含まれています。
 しかし、同時に、ビッグデータの集積により、ジョージ・オーウェル1984年』のように国家が国民を管理する危険性(デジタル・リヴァイアサン)も高まる可能性もあります。
 本書では、その両方の可能性について、十九大で示された中国の経済政策や、電気自動車への転換、ビッグデータの管理体制、中国の官僚制(ノーメンクラーツ=名簿も収録しています)、文化大革の教訓、などから分析しています。
 ぜひ幅広い方にお読みいただきたい、そして感想をお聞きしたい一冊です。3月中旬発売予定。ご高覧のほど、よろしくお願いいたします。

 (山口)

【既刊紹介/戦争シリーズ②】森永玲『「反戦主義者なる事通告申上げます」ーーー反軍を唱えて消えた結核医・末永敏事』』

こんにちは、営業部の白井です。
今回は戦争シリーズ第二回ということで、ジャーナリスト・森永玲さんによる『「反戦主義者なる事通告申上げます」』を紹介します。
本書は、大正時代から昭和前期にかけて無教会派のキリスト教信者として反戦を貫いた結核医・末永敏事の伝記です。また、敏事と関係があった内村鑑三賀川豊彦などの信仰実践者たち、そして名もなき人びとの証言や生き様から紡ぎ出された「近代日本のキリスト教精神史」として読むことができる一冊でもあります。

末永敏事をご存知の方はそう多くないと思われます。彼は学生時代に進学先の東京で内村鑑三と出会い、キリスト教徒となりました。その後長崎の医学専門学校で結核医を志し、さらにはアメリカへ渡って十年間も結核研究の最先端で活躍していました。そして、1925年の排日移民法を機に帰国した敏事は、自由学園出身の中嶋静江と結婚、故郷の北有馬村今福で医院を開業します。
しかし1933年、敏事は静江と離婚してしまいます。時は戦時体制下、治安維持法による思想弾圧が拡大しつつある頃でした。その対象は共産主義だけでなく、敵性宗教と名指されてキリスト教にまで及んでいたのです。証言によれば、離婚の理由は家族を危難から遠ざけて、敏事ひとりで反戦行動に出るためでありました。
そうして1938年の国家総動員法に伴い「医療関係者職業能力申告令」が発令されたとき、とうとう敏事は「平素所信の自身の立場を明白に致すべきを感じ茲に拙者が反戦主義者なる事及軍務を拒絶する旨通告申上げます」と、自らの信条を当時の全体主義国家にむけて主張します。その結果、特高警察に逮捕・拘留され、1945年、敏事は日本の終戦を見ることなく亡くなってしまいます。

著者の森永さんは、末長敏事の生涯を調べるため、時空のいたるところに散在する断片的な記憶を丁寧に拾い集めて、本書を書き上げられました。引用されるひとりひとりの肉声が、末永敏事の輪郭を少しずつ描いていき、それを纏め上げる森永さんの手によって、今まで知られることのなかった一人の類い稀なる抵抗者の姿が像を結んだのです。
過去の歴史や人物を知ることは、現在の足元を確かめることにつながると思います。時間はただ過ぎてゆくのではなく、私たちの社会に堆積しているのだとすれば、森永さんも危惧している昨今の政治状況を考えるためにも、戦争の時代を知り、そして末永敏事の生き様を知ることは決して無意味ではないはずです。
時代や社会に流されず、自分が信じる大事なことは一体何なのか。自分は信じたことを行なうことができるのか。本書はそう問いかけてきます。

「反戦主義者なる事通告申上げます」 ――反軍を唱えて消えた結核医・末永敏事

「反戦主義者なる事通告申上げます」 ――反軍を唱えて消えた結核医・末永敏事


【既刊紹介/都市論シリーズ②】 貞包英之『地方都市を考える――「消費社会」の先端から』

こんにちは、営業部の白井です。
都市論シリーズ第二回ということで、今回は貞包英之先生の『地方都市を考える』を紹介します。本書は、空き家や高層マンション、鉄道や自動車、メディアや観光まちづくり、ロードサイドビジネスやショッピングモール、そして流動化する労働など、現代的なテーマを扱いながら「消費社会の先端としての地方都市」を考える一冊です。

貞包先生はまず、地方都市についてできるだけ「邪念」なく考える、と仰います。その「邪念」の意味するところとは、「地方消滅」論や「地方創生」政策などといった喧しい議論があふれかえるなかで、「解決」を前提とした先入観が形成されているということです。
他方で、そもそも地方都市における暮らしはいかなるものなのか、そしてそれを支えているメカニズムはどのようになっているのか―――それらを捉えるべく、貞包先生は東北のY市をモデルにして社会学の視点から考察をされています。

私が思う本書の魅力のひとつ、それは「同時代性」ではないかと思います。貞包先生は、住居、移動手段、情報、商売といった地方都市における暮らしの<いま・ここ>をピンで留めるように的確に射抜きながら、さらにその背後に広がる歴史的な経緯までをも貫きます。そしてその際に用いられる定量的な統計データは、しばしば私たちの先入観が幻想であることを突きつけるように提示されます。
また、貞包先生の幅広い関心によって地方の表象としての文化が取り上げられ、例えば山内マリコの小説『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)、阿部和重の小説『シンセミア』(朝日新聞社)、宮藤官九郎脚本のテレビドラマ『あまちゃん』、入江悠監督の映画『SRサイタマノラッパー』、富田克也監督の映画『サウダージ』などは、地方都市の問いと密接に関わる形で議論の俎上にあげられます。

地方都市に生起しつつある現在の動きを明らかにしようとする本書は、地方に対するイメージ先行の議論から離れて、自分たちが暮らしている社会を冷静に眺めたい人にとって最良の一冊だと思います。そして、現在から未来へ向けて社会を前向きに考えるためにも、貞包先生が言うように「ひとつのたたき台」として本書は役に立つはずです。


地方都市を考える  「消費社会」の先端から

地方都市を考える 「消費社会」の先端から



『マッドジャーマンズ』について

 この度、勤務先の花伝社(弊社)から翻訳を刊行することになりました。その名も『マッドジャーマンズ』……「マッドマックス 怒りのデスロード」ならぬ、「マッドなドイツ人」……?

 とはいえ、この本、モザンビーク人についてのストーリーなんです!
 

 モザンビークとは南アフリカの隣国で、元ポルトガルの植民地で、海沿いのリゾート地などもある、エビなどが名産の国ですが、私も弊社で水谷章・前モザンビーク大使の『モザンビークの誕生』が刊行されるまで、どこにあるかも、その歴史もまったく知りませんでした。(矢吹晋『習近平の夢』では、世界最貧国として紹介されています。)
モザンビークは近年、豊富な資源を背景に、日本企業の進出が相次いでおり、駐在員と思しき方のツイッターをいつも楽しく拝見しています。

 東ドイツでは、1970年末ごろから労働力が不足するようになり、他の社会主義国から出稼ぎ労働者を受けいれるようになります。ベトナムからは8万人が、そしてモザンビークからは2万人の労働者が東ドイツで働いていました。
 作家のビルギット・ヴァイエは、ケニアウガンダ育ち。2007年にモザンビークに住む家族を訪ねた際に、完璧なドイツ語で話しかけられたことがきっかけで、元出稼ぎ労働者=「マッドジャーマンズ」たち(現地の言い方で「ドイツ製」を意味しますが、もちろん「頭のオカシイドイツ人」という侮りも含まれています)への聞き取りをはじめました。
モザンビークに戻った元出稼ぎ労働者や、ドイツに定住したモザンビーク人など十数人からの聞き取りをもとに、架空の3人のストーリー(とはいえ、個々のエピソードは本当に起こったこと、だそう)をまとめたのが本書『マッドジャーマンズ』です。
 ドイツでは、2016年に「マックス&モーリッツ賞」という、とても大きなマンガ賞を受賞しています(隔年で選出されているので、最新受賞作です)。日本人では、中沢啓治大先生や谷口ジロー大先生が翻訳マンガ部門で受賞されています。

⇒*試し読みはこちらから!

 バンド・デシネなどに比べ、ドイツのマンガには、あまり馴染みがないと思います。私は2010年からの1年間、ハイデルベルクという古い街に、交換留学生として滞在していましたが、その間、ドイツ語の学習のために、ともかくたくさんのマンガを読んでいました。ドイツでは駅のキオスクでは、必ずミッキーマウスやドナルドダック、シンプソンズなどのマンガが売られています(結構高いです!)。他にも『タンタンの冒険』、『スマーフ』、『アドルフに告ぐ』(聞いた話ですが、当時はヒトラーの『我が闘争』が禁書だったので、『アドルフに告ぐ』で初めてその引用を読む人も多かったのだとか)、サトラピ『ペルセポリス』、シュピーゲルマン『マウス』などなど……。しかし、これらはすべて翻訳作品です。

 ドイツのマンガで真っ先に浮かぶのは、「ロリオット」でしょう!
[=https://www.coolinarium.de/loriot-fruehstuecksbrettchen-das-ei-ist-hart/essen-trinken/a-5480/]

 シニカルな1コマ漫画は、ドイツ語の授業などでも用いられることが多いです。
お世辞にも「ロリオット」は日本の可愛いマンガとは別物ですが、近年は、スイスでのイラン系移民のコミックエッセイや、日本に影響を受けた少女マンガ風の絵柄など、ドイツ語圏のコミックも深化を続けています。その最前線が『マッドジャーマンズ』です。
 特色の2色刷りですが、今回、印刷所の方にもご協力いただいて、現地と全く同じインクで刷っています。このインクは独特の匂いがあるので、ぜひ、実際にページに顔をうずめて香りを嗅いでいただきたいです。
 
 ドイツのマンガに話がずれてしまいましたが、『マッドジャーマンズ』は単に東ドイツの話でも、モザンビーク人の話でもなく、読み進めるごとに「あれ、自分と変わらない…?」というような錯覚というか、同情が沸き起こってきます。
 今回、作家の多和田葉子さまからも、以下のようなご推薦文をいただきました。

「わたしはこれまで少なからず東ドイツなど社会主義圏を舞台にした物語を読んできた。アフリカ文学やアメリ黒人文学を読んで近しさを感じることも少なからずあった。移民文学については、もう読み飽きたと思うことさえあった。ところがこのグラフィックノベルはこれまで知らなかった入り口から、私の中にすっと入ってきた。登場人物ひとりひとりにちゃんと体重があって、顔も身体も美化されていないのに目をひきつける。社会主義の歴史は個人的な記憶のディテールでできているんだなと思う。いつまでも同じページに留まりたくなるような愛おしい線の描く人間や事物。誇張のない、シンプルで驚きに満ちたアイデアが至るところに満ちていて、ページをめくるのが楽しかった。」


 多和田様、お忙しいところどうもありがとうございます!
 ぜひあなたも、「いつまでも同じページに留ま」ってみてください◎


山口侑紀

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

【既刊紹介/社会問題シリーズ①】 関谷大輝『あなたの仕事、感情労働ですよね?』

こんにちは、営業部の白井です。

今回の紹介書籍は、心理学者の関谷大輝先生(@Dr_OWAP)による『あなたの仕事、感情労働ですよね?』です。

ブラック企業」が問題視されるようになって久しく、チェーン店のアルバイトから大企業の正社員まで、多くの人が自らの働き方に頭を悩ませストレスを抱えている現代社会。社会全体がこの課題に直面し、様々なアプローチで労働のあり方が問い直されているいま、本書は「感情労働」=「仕事をする上で感情をコントロールする必要がある職業」への対処法をテーマに、働く人の心についての考え方を示し、ストレス解消に向けて実践することのできるメンタルケアを提案します。

本書では現代社会における仕事のほとんどは感情労働的な性質を持ち合わせているとされていますが、このことは多くの人が経験的にお分かりかと思います。例えば、自分の気分とは関係なく笑顔を見せなければならない、怒りたいのに我慢しなければならないなどは、サービス業をはじめとしてよくあることではないでしょうか。こうした状態は、本書では「感情的不協和」と説明され、仕事上のストレスの主な原因とされています。そして、そのストレス原因を仕事のあとに思い出すことで発生する「副次的感情」によってさらにストレスを上乗せしてしまう場合もあり、関谷先生はこれを「感情労働のお持ち帰り」と呼んでいます。

心が疲れている人がとても多い――現代社会ではそんなことを誰もが直感的に感じているのではないでしょうか。かといって、感情労働的な性質をすべての職業から今すぐ取り除くことは、現実的に考えて不可能でしょう。そこで、関谷先生は感情労働の対処法を、「ラインケア」と「セルフケア」に分けて紹介されています。
組織全体での対策である「ラインケア」で最初にできることは「ストレスチェック」で、2015年の法改正により義務化されています。ストレスチェックによって業務中の「感情的不協和」が可視化できるわけですが、このままだと事後対応にとどまります。ストレスによる心身の疲労がたまると、ストレス解消のエネルギーさえ削がれてしまうと本書で指摘されています。なので、「まだ元気なうちから積極的にストレス解消をする」ために、会社全体で有給休暇の取得率を向上させることを第一次予防としています。
個人で取り組む「セルフケア」の方法も本書では紹介されていますので、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。

皆さんは仕事を通じた日々のストレスについて、あるいは自分の心の状態について、きちんと考えたことはありますでしょうか?
ストレスの原因は百人百様です。その人の仕事、職場の人間関係、立場、そして性格によっても大きく異なってくるでしょう。それと同様に、ストレスケアにも「これが正解」という絶対的な方法はないと、関谷先生は述べられています。
ただ、本書には、飲食店の店長や店員、警察官、教師、市役所職員、駅員、医師といった、いろいろな職業に従事する感情労働者の「生の声」が掲載されています。もしかしたら「この人と自分は同じだ」と感じる言葉が見つかるかもしれません。

ともあれ、仕事のストレスは、最悪の場合にはメンタルヘルスの問題となって働く人を苛みます。最終的には休職や退職にまで追い込まれるケースも少なくありません。
本書がこうした不幸を少しでも減らす一助になればと思います。関谷先生がおっしゃるように「敵(感情労働)を知ること」は、この社会を上手に生き抜く大きなヒントになるはずです。

関谷大輝先生のHP⇒http://d-sekiya.wixsite.com/sekiya-lab

アマゾン⇒https://www.amazon.co.jp/dp/476340797X


【既刊紹介/戦争シリーズ1】 加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』 ―――共謀する医学と政治

こんにちは、営業部の白井です。
今回の紹介書籍は、加藤哲郎『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』です。

本書は、第二次世界大戦下における満州で人体実験や細菌戦を実行した関東軍731部隊についてまとめたものです。731部隊が、戦時中はどのような軍事活動を行い、そして敗戦から戦後への過程でいかにしてその戦争犯罪は「隠蔽」され「免責」されたのか、またその組織の中心人物たちが戦後の日本社会に「復権」するところまでを追いかけていきます。
著者の加藤哲郎先生は、本書において言わば「探偵役」として、満州から金沢そして東京にいたるまでの「犯人」の足跡をたどり、またさまざまな新資料から証拠を拾って、戦後日本の裏側に隠された罪業をえぐりだします。
ところで、その「犯人」とはいったい誰のことでしょうか。それは「飽食した悪魔」たち、すなわち731部隊のことですが、本書のなかで特に焦点を当てて描かれるのは、細菌戦学者、実業家、医師、宗教家という四面相を持った怪人のような男・二木秀雄です。

まず「飽食した悪魔」とは、1981年に出版されて話題となった作家・森村誠一の『悪魔の飽食』(光文社カッパ・ノベルズ)に由来します。それというのも、731部隊とは「帝国陸軍一の美食部隊」であり、内地=日本国内が戦時下の貧しさに苦しんでいた頃でも、この組織では「銀シャリ」をはじめとして「ビフテキ」や「エビフライ」、さらには羊羹や果物などのデザートも食べることができたというのです。
こうした贅沢な環境を与えられていた731部隊。この組織で行われていたのは、科学者の研究倫理をはるかに逸脱する人体実験や細菌戦であり、その実働部隊で暗躍する人物こそが、戦後の医学界や出版界や政財界、さらには外交関係にも顔を出す731部隊所属の医師・二木秀雄なのです。

本書で加藤先生は、主にGHQによる日本占領期(1940年代〜1950年代)にスポットライトを当てて731部隊と二木秀雄の動向を調査していきます。その際に用いる視点が「貫戦史」と「情報戦」であり、他の731部隊研究とは異なる本書の特徴的なところでもあります。
「貫戦史」とは、戦前・戦時中における社会制度や人材・情報・資財などが戦後の冷戦体制に即して再編成されていく過程を指します。本書に即して言うならば、戦時中は大日本帝国のために創設された731部隊の医学者や実験データや軍事資料が、戦後は戦犯免責と引き換えにしてGHQ占領軍によって反ソ戦略のために利用されていく、この政治的な経路を意味します。そして「情報戦」の視点から、日本人戦犯(+実験データ)をめぐる米ソの諜報活動や政治利用、それから二木秀雄が発刊した雑誌「政界ジープ」における政治的言説の変遷などに着目するのです。
この二つの観点によって731部隊を分析することで、加藤先生は日米合作による「戦後の裏側」を指摘し、戦時体制と戦後社会の連続性を炙り出していきます。

本書は、前述した四面相の怪人・二木秀雄の数奇な生涯をたどりながら進行するわけですが、この人物を一言でいうならば、彼は「何食わぬ顔をして平然と新しい波にスイスイと乗り生きる」ような男でした。
二木はまず731部隊結核班を率い、そして敗戦になると証拠隠滅作戦を指揮します。満州から引き揚げたのちには故郷の金沢で仮本部をつくり、そのインテリジェンス担当として占領軍の情報収集や帰国隊員の連絡網の作成に注力していきます。
その後、二木は出版社の社長に転身。金沢で雑誌『輿論』を創刊し、のちに東京へ進出して雑誌『政界ジープ』を発刊します。731部隊の戦犯訴追の可能性がほぼ消えた1948年、それまで政治的中立を保っていた二木の『政界ジープ』は、反共保守・反ソ親米へと「逆コース」化していきます。そして、雑誌『経済ジープ』、娯楽雑誌『じーぷ』、厚生省医務局編『医学のとびら』などを次々に創刊し、情報網と人脈を多角的に広げていき、731部隊の「復権」を後押しします。
GHQによって日本の医療改革や衛生政策が行われる過程で、731部隊の中心人物たちは医学界や製薬業界などに復帰していき、進駐軍や厚生省の調査と委員会にも加わり、とうとう「復権」を果たしました。このことは、二木の『医学のとびら』が厚生省のお墨付きであり、また雑誌の紙面広告には医薬業界の宣伝が数多く掲載されていたことからも、「復権」の構図がよくわかります。
このように二木秀雄は、仮面を次々に取り替えるようにして混乱の時代を生き延びたのですが、しかしその根底では731部隊の「隠蔽」「免責」「復権」と深く関わっていました。業が深く、抜け目なく、そしてしたたかな彼は、戦争の宿痾を戦後日本へと延命させた人間のひとりなのです。

ここで紹介したことは本書のごく一部にすぎません。
本書は、近代戦争の末路、世界の冷戦体制、GHQによる日本の占領政策、雑誌メディアの言説史、そして731部隊と二木秀雄の人生を重層的に記述したものであり、それと同時に「戦後=民主主義」に対する批評的な捉え方を見せてくれます。また、この歴史を裏付ける膨大な資料の分析と、その解釈から導き出されるひとつの歴史像は、これまでの731部隊研究を串刺しにするような形にもなっています。
二木秀雄をはじめとした731部隊の群像劇を描きつつ、その暗い蠢きに学術的な視点から光を当ててみせた本書は、歴史ファンにとっても垂涎の一冊と言えるでしょう。政治学の知見と歴史研究の成果があますところなく詰め込まれた圧巻の一冊、戦争をふりかえるこの季節にじっくり読んでいただければと思います。


アマゾン⇒ https://www.amazon.co.jp/dp/4763408097
版元ドットコム⇒ http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784763408099


週刊読書人ウェブに掲載された書評
http://dokushojin.com/article.html?i=1843